熱処理とは、金属などの素材を適当な温度に加熱し冷却することで、性質を変化させる操作です。特に鉄鋼材料は、熱処理によって軟らかくすることも、硬くすることもできます。鉄鋼材料の使用目的に応じた特性を十分に引き出すことができるのです。逆に、適切な熱処理を施さなければ必要な硬度が得られず、使用中に折れたり、曲がったり、摩耗するなどの不具合が生じます。
1. 材料や目的で名を変える熱処理法
熱処理の方法は多種多様で、それぞれ適用される材料や適用目的が異なります(表1)。例えば、「焼なまし」は軟らかくすることを、「焼入れ」は硬くすることを、「焼戻し」は強じん性を付与することを目的としています。
名称 | 主な適用材料 | 主な適用目的 | |
焼なまし | 完全焼なまし | 鉄鋼材料全般 | 組織の調整、軟化 |
球状化焼なまし | 機械構造用鋼 | 塑性加工性の改善、じん性の付与 | |
工具鋼 | じん性の付与、被削性の改善 | ||
低温焼なまし | 鉄鋼材料全般、非鉄材料全般 | 応力(加工、溶接、鋳造)の除去、軟化 | |
焼ならし | 機械構造用鋼 | 組織の微細化、組織の均質化、硬化 | |
焼入れ | 機械構造用鋼 | 硬化、機械的強度の向上 | |
工具鋼 | 硬化、耐摩耗性の向上 | ||
焼戻し | 100~200℃ | 工具鋼 | じん性の付与 |
400~450℃ | ばね鋼、炭素工具鋼 | ばね特性の付与 | |
450~650℃ | 機械構造用鋼 | 機械的性質の調整 | |
500~600℃ | 高速度工具鋼、ダイス鋼 | 耐摩耗性の向上、じん性の付与 | |
サブゼロ処理 | 工具鋼全般、マルテンサイト系ステンレス鋼 | 耐摩耗性の向上、経年変化の防止 | |
固溶化処理 | オーステナイト系ステンレス鋼 | 粒間腐食の防止、軟化 | |
析出硬化系ステンレス鋼、マルエージング鋼 | 合金成分の固溶 | ||
溶体化処理 | アルミニウム合金、銅合金 | 合金成分の固溶 | |
析出硬化処理 | 析出硬化系ステンレス鋼、マルエージング鋼 | 機械的強度の向上、ばね特性の付与 | |
時効硬化処理(人工) | アルミニウム合金、銅合金 | 機械的強度の向上、ばね特性の付与 | |
等温熱処理 | オーステンパ | 機械構造用鋼、ばね鋼、工具鋼 | じん性の付与、ばね特性の付与 |
マルテンパ | 機械構造用鋼、工具鋼 | 焼入歪を軽減した焼入硬化 |
全く同じ加熱・冷却操作であっても、適用目的や、対象鋼種によって熱処理の名称が異なります。例えば、「焼入れ」と「固溶化処理」は、共に高温から急冷する熱処理方法です。しかし、焼入れは硬化を目的としているのに対し、固溶化処理はオーステナイト系ステンレス鋼など合金成分の固溶による軟化が目的です。
また、合金成分の固溶による軟化を目的とした熱処理でも、対象鋼種がオーステナイト系ステンレス鋼の場合には「固溶化処理」、アルミニウム合金を材料とした場合には「溶体化処理」と呼び、区別しています。
低温で加熱して機械的性質などを調整する熱処理にも、さまざまな呼称があります。鉄鋼材料の焼入れ後に施す「焼戻し」や、析出硬化系ステンレス鋼の固溶化処理後に施す「析出硬化処理」、アルミニウム合金や銅合金の溶体化処理後に施す「時効硬化処理」などがあります。
実際に、図面などで熱処理を指示する際には、記号が使われます。表2に、JISの熱処理加工記号一覧を示します。熱処理の加工方法についてはそれぞれにJISがあり、この加工記号を組み合わせたり、追加記号を含むことが一般的です。例えば、浸炭は単独で使うことはなく、必ず焼入れと焼戻しが続くので、ガス浸炭焼入焼戻しの記号は「HCG-HQ-HT」になります。
加工方法 | 記号 | |
焼ならし | HNR | |
焼なまし | HA | |
完全焼なまし | HAF | |
軟化焼なまし | HASF | |
応力除去焼なまし | HAR | |
拡散焼なまし | HAH | |
球状化焼なまし | HAS | |
等温焼なまし | HAI | |
箱焼なまし | HAC | |
光輝焼なまし | HAB | |
可鍛化焼なまし | HAM | |
焼入れ | HQ | |
プレス焼入れ | HQP | |
マルテンパ(マルクエンチ) | HQM | |
オーステンパ | HQA | |
光輝焼入れ | HQB | |
高周波焼入れ | HQI | |
炎焼入れ | HQF | |
電解焼入れ | HQE | |
固溶化熱処理 | HQST | |
水じん(靭) | HQW | |
焼もどし | HT | |
プレス焼もどし | HTP | |
光輝焼もどし | HTB | |
時効 | HG | |
サブゼロ処理 | HSZ | |
浸炭 | HC | |
浸炭浸窒 | HCN | |
窒化 | HNT | |
軟窒化 | HNTS | |
浸硫 | HSL | |
浸硫窒化 | HSLN |
2. 主な熱処理法と金属組織の変化
機械構造用鋼を加熱した後、どのような冷却操作を行うかによって得られる金属組織は変化し、また熱処理法の名称も異なります(図1)。焼なましや焼入れは「普通熱処理」と呼ばれます。一方、特殊な冷却操作を行うオーステンパは「特殊熱処理」として分類されることが多いようです。
「焼なまし」は、鋼を適当な温度に加熱し一定温度に保持した後、徐冷する熱処理法です。鋼の軟化、内部応力の除去、被削性や被塑性加工性の改善などなどを目的としています。
「焼ならし」は、鋼を800℃以上のオーステナイト(γ-Fe)領域まで加熱し、一定温度に保持した後、空冷する熱処理法です。鋳造や鍛造組織の改善、結晶粒の微細化などを目的としています。
「焼入れ」は、炭素を固溶させるために鋼をオーステナイト領域に加熱した後、急冷して硬いマルテンサイトにする熱処理法です。マルテンサイトとは、鋼中の炭素が固溶したまま過飽和の状態で室温まで冷却されたもので、α固溶体とも呼ばれます。鉄鋼に炭素が含有されているので、焼入れによって硬さが得られます。また、炭素の含有量の多いものほど、より高い硬度が得られます。
「焼戻し」は、焼入れ後に700℃以下の適当な温度に加熱する熱処理法です。焼戻しした鋼は、焼入れしただけのものよりも硬さは低下して、大幅にじん性が改善されます。このため、硬さは若干犠牲になりますが、耐摩耗性が最重視される各種工具類では、焼入れ後に必ず焼戻しが実施されています。また「高温焼戻し」によって、機械構造用鋼の機械的性質を調節するため、この熱処理法を「調質」と呼ぶこともあります。
「オーステンパ」は、約400℃に制御された熱浴中に急冷し、その温度で所定時間保持することでベイナイト組織を得る熱処理法です。ベイナイト組織の鋼は、同一硬度の焼入れ・焼戻し品よりも強じん性に優れているため、ばね材料の熱処理法としてよく利用されています。
3. 金属にさらなる特性を与える表面熱処理
機械部品で使用される金属は、その使用条件によって、じん性を十分に維持しつつも、耐摩耗性、疲労強度、潤滑特性などの表面特性を要求されることがあります。また、工具に使われる金属の場合、通常の焼入れ・焼戻しでは満足できる硬さに到達せず、寿命が短くなることがよくあります。これらを解決する手段の一つが「表面熱処理」です。
表面熱処理は、「金属製品の表面に、所要の性質を付与する目的で行う熱処理」とJISで定義されています。鋼を対象とした表面熱処理は、「表面焼入れ」と「熱拡散処理」に分類することができます(表3)。
名称 | 浸透元素 | 付与される特性 | ||
表面焼入れ 〔高エネルギー焼入れ〕 |
高周波焼入れ | - | 耐摩耗性、耐疲労性 | |
炎焼入れ | - | |||
レーザ焼入れ | - | |||
電子ビーム焼入れ | - | |||
熱拡散処理 | 非金属元素の拡散浸透処理 | 浸炭焼入れ | 炭素〔C〕 | 耐摩耗性、耐疲労性 |
浸炭窒化焼入れ | 炭素〔C〕+窒素〔N〕 | 耐疲労性、耐摩耗性 | ||
窒化処理 | 窒素〔N〕 | 耐摩耗性、耐疲労性 | ||
軟窒化処理 | 窒素〔N〕+炭素〔C〕 | 耐疲労性、耐摩耗性 | ||
サルファライジング 〔浸硫処理〕 |
硫黄〔S〕 | 摺動性、耐焼付性 | ||
浸硫窒化処理 | 硫黄〔S〕+窒素〔N〕 | 摺動性、耐焼付性 | ||
ボロナイジング 〔浸ほう処理〕 |
ほう素〔B〕 | 耐摩耗性、耐焼付性 | ||
水蒸気処理 〔ホモ処理〕 |
酸素〔O〕 | 耐食性、耐焼付性 | ||
金属元素の拡散浸透処理 | アルミナイジング | アルミニウム〔Al〕 | 耐食性、耐高温酸化 | |
クロマイジング | クロム〔Cr〕 | 耐食性、耐摩耗性 | ||
炭化物被覆処理 | バナジウム〔V〕など | 耐摩耗性、摺動性 |
「表面焼入れ」は、焼入硬化が可能な鋼表面の必要箇所だけを急速加熱するものです。高周波によって誘導加熱する「高周波焼入れ」がよく利用されています。この処理の主な対象鋼種は、中炭素鋼(炭素量:0.3~0.5%)で、得られる金属組織は加熱された表面のみがマルテンサイトになって硬化します(図2)。
「熱拡散処理」は、加熱によって鉄Fe以外の元素を拡散浸透するもので、非金属元素(C、N、S、Bなど)を拡散させるものと、金属元素(Cr、Al、Vなど)を拡散させるものに分けられます。処理物全体が加熱されると、鉄Fe以外の異種原子が表面から侵入して内部に向かって拡散します。
侵入する元素によって表面に付与される特性は異なります。例えば、軟窒化処理した鋼は、最表面に鉄の窒化物である化合物層が形成され、その下に拡散層が形成されます。これにより、耐疲労性と耐摩耗性が著しく向上します(図3)。
また、バナジウムVを用いて拡散浸透処理を行うと、形成される炭化物VC層の硬さは3,000HV以上と高い硬度を示します。このため、大型の金型などに利用されます。
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著者:仁平技術士事務所 所長 仁平 宣弘